海苔の歴史と語源について|海苔巻のおかき・あられ・せんべいの誕生

焼き海苔

今回は、日本人が愛してやまない海苔巻きのルーツについてちょっと遡ってみたいと思います。なお、ここで取り上げている海苔は、味付け海苔ではなく「焼海苔」を前提にしています。

焼海苔とは、干した海苔を高温であぶったもので調味料で味をつけていない海苔を指します。

普段、何気なく食べている海苔巻きのおかき・あられ・せんべいとの関係についても少し触れています。ご興味がございましたらご覧いただければ幸いです。

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海苔(のり)の歴史と語源は?

焼き海苔(イメージ画像)

海苔は、今でも高価な食材のひとつですが、古くは飛鳥時代の「大宝律令(701年)」で年貢の対象である海産物のひとつとして『紫菜(むらさきのり)』として記されています。紫菜は、今でいう海苔と同じ意味であり古い呼び名です。

紫菜は、漢名では「しさい」とも読みますが、その他に「水苔(すいたい)」や「海菜(かいさい)」、「石衣(せきい)」などでも表されるようです。

海苔は比較的浅い場所に生息するため、人の手で簡単に採ることができ、太古の昔から食べられていました。『常陸国風土記(ひたちのくにのふどき』(721年)には、海岸で海苔を干していた様子が記されています。

その他、奈良時代、平安時代、鎌倉時代の多数の書物にも海苔を意味する記述があったということで、古くから愛されてきた食材であったことがわかります。

平安時代の資料である『延喜式(えんぎしき)』(927年)には、志摩や出雲、岩見、隠岐、土佐などで海苔が採れた記述があるようです。

海苔の養殖が本格的にはじまったのは江戸時代で、東京湾が『海苔の養殖発祥の地』と言われています。その当時は市場にも流通していたようですが、将軍家への献上品としても扱われていたような高級食材でした。まだまだ庶民には簡単に手に入らなかったものだったと思われます。

ちなみに、海苔の語源はヌルヌルとしたぬめりを表現する「ヌラ」がなまって、いつしか「ノリ」といわれるようになったとのことです。糊(のり)と同じ意味で粘度のある様子を表現したものです。

江戸時代の海苔の養殖と普及について

海苔巻おかき(イメージ画像)

さて、江戸時代のお菓子には海苔は使われていたのでしょうか?

江戸初期には、おかき・あられ・せんべいの素材としての役割はまだなかったのではないかと推測します。海苔の養殖は、江戸湾(品川・大森)で江戸時代の中期頃からおこなわれるようになりました。

江戸の中期から後期にかけては町には屋台や出店が並び、にぎり寿司やてんぷら、蒲焼などが庶民の間で人気だったようです。第8代将軍(徳川吉宗)の頃には海苔巻きのお寿司が誕生していたと言われています。

草餅や団子、饅頭、羊羹などのお菓子を売る茶店もみられた点からすると、きっとどこかのお店で磯辺巻き(磯辺餅)のように、海苔を巻いたのおかき・あられ・せんべいが並んでいたかもしれません。

『江戸名所図会』「浅草海苔」(出典元:東京都立図書館)
『江戸名所図会2巻』浅草海苔:東京都立図書館

大森・品川等の海に産せり。これを浅草海苔と称するは、往古(いにしえ)かしこの海に産せしゆゑに、 その旧称を失はずしてかくは呼び来れり。秋の時正(ひがん)に麁朶(そだ)を建て、春の時正に止(とど)まるを定規とす。 寒中に採るものを絶品とし、一年の間囲ひ置くとうへどもその色合ひ風味ともに変はることなし。ゆゑに高貴の家にも賞翫せらるるをもって、 諸国ともに送り手これを産業とする者は夥しく、実に江戸の名産なり。

出典:『江戸名所図会2巻』浅草海苔

当時、江戸土産として人気が高かったのが、今では高級品となっている浅草海苔です。江戸時代中期以降になると、製造は主に大森や品川で行われていました。

古くは、浅草近郊で海苔の製造がされていたので「浅草海苔」と呼ばれていたようです。

アサクサノリ

ウシケノリ科アマノリ属に分類される紅藻類。江戸時代に隅田川下流域で養殖された海苔で、今では希少のため高級品となっています。

海苔の養殖が飛躍的に発展した昭和時代

海苔の養殖風景:有明海(イメージ画像)

実際に現在のような海苔巻きのおかき・あられ・せんべいが盛んになったのは、戦後の経済成長の頃が最盛期だと言われています。終戦とともにお米の配給も終わり、食材や調味料なども安定して正規の市場で流通をするようになって食文化が元の姿を取り戻すようになります。

昭和20年代にイギリス人の学者によって海苔の生活史が解明されたことにより、人口採苗による安定した養殖技術が可能になりました。昭和30年代にも入ると養殖技術の向上で生産効率も格段に上がり、生産量の増加とともに、米菓を製造する企業でも競ってさまざまな海苔巻きのおかき・あられ・せんべいを販売するようになっていくことになります。

海苔を巻くのは、ほんのひと昔前までは手仕事でした。ひとつひとつ、または、一枚一枚丁寧に巻き上げていました。私が幼少の頃にも、おかき屋さんの工場でテーブルに海苔を広げて、何人かで素早く棒状のおかきに海苔を巻いていた様子を覚えています。今からおよそ40年前位でしょうか・・・。もちろん、今でも手で巻いているお店もあります。

しかし、現代では効率化などを図るために機械で巻いたり、貼り付けたりすることの方が多くなってきています。それでもひと手間ふた手間かかるお菓子なのには違いありません。当然、ある程度の品質の海苔を使用している限り、他の種類のものよりもやや高価になってしまいます。

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国産海苔の主な産地について

海苔の主な産地(製作図)
海苔の主な産地

現代では、有明海のある九州地区をはじめ、瀬戸内海、伊勢湾・三河湾、東京湾、宮城湾などが主な産地です。

  • 有明海・・・国産海苔の約4割を生産
  • 瀬戸内海・・・国産海苔の約3割を生産

海苔が一般的な素材として普及することで、海苔巻きという形が次第に浸透していくのですが、その背景には食文化や流通の変化なども影響しています。海苔の歴史とおかき・あられ・せんべいの関係は実に面白いものです。

今でこそ海苔の豊富な栄養素が科学的に明らかになっていますが、当時は見た目や美味しさだけで組み合わされていたとは思えないほど、最適な組み合わせです。

最後までご覧いただきありがとうございました。当記事が何かの参考になれば幸いです。

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【参考サイト】

のりをたべよう 全国漁連のり事業推進協議会
・一般財団法人海苔増殖振興会 https://www.nori.or.jp/index.html
・東京都立図書館 ホームページ https://www.library.metro.tokyo.lg.jp

・国立国会図書館 ホームページ https://www.ndl.go.jp/

※歴史や語源・由来は解釈が異なる場合があります。
※写真やイラストはイメージです。