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煎餅の起源(ルーツ)は弘法大師『空海』が日本に伝えた説が有力?

せんべいのイメージ画像

煎餅(せんべい)のルーツは諸説があり興味が尽きない分野です。もっとも有名な説は、弘法大師である空海が日本に伝えたとされるお話です。

当時の煎餅は、今の煎餅のイメージとは違ったものでした。時代や地域でそれぞれの特色を活かしながら独自に変化をしてきた日本人に愛されるお菓子『煎餅』。その歴史を簡単にわかりやすくまとめてみました。

煎餅は空海が唐の国から帰って伝えた説が有力?

延歴二十三年(804)に、弘法大師として有名な空海が日本に伝えたと言われています。唐での修行僧時代に招かれた宮廷からのもてなし料理のなかに亀甲型の煎餅という食べ物がありました。それを食べたところ、大変美味しかったため、空海は作り方を習って日本に戻って伝えました。

その教えを受けたと言われるのが、山城国葛野郡(現在の京都)に住む和三郎という人物です。葛の根と米粉を水で溶いて、果実の糖液を混ぜて焼き上げた『亀の子煎餅』を、当時の嵯峨天皇に献上したとされる逸話が日本で最初の煎餅の起源と言われています。その果実が何であったか、私にはとても興味深いところです。

そして、嵯峨天皇から『嵯峨御菓子御用』の命を受けた和三郎は、その製法などを広めていき、やがて各地の人々によってアレンジが施されてさまざまな煎餅が作られるようなりました。

煎餅という文字は、その他の古い書物のなかにも度々登場します。例えば、天平九年(737)の正倉院文書にある『但馬国正税帖』では、煎餅と記述されていますが、「せんべい」ではなくて「いりひもち」と読んでいます。

また、承平四年(934)に日本で最初に編纂された漢和事典『和名類聚抄(わめいるいじゅしょう)』があります。ここで登場する煎餅は、小麦粉と油を使い熱を加えて作ったものとされています。

和名類聚抄(わみょうるいじゅしょう)は、平安時代中期に作られた辞書である。 承平年間(931年 – 938年)、勤子内親王の求めに応じて源順(みなもとのしたごう)が編纂した。 略称は和名抄(わみょうしょう)。

出典元:ウキペディア

いずれにしても製法をはじめ、原料や形、大きさ、硬さなどを詳細に記した資料はなく、詳しいことはわかっていないので、味を含めて想像の域になります。草加せんべいのような煎餅が登場するのが江戸時代なので、当時の煎餅は今の煎餅とはだいぶんと違ったものでした。

江戸時代に見る煎餅とは

江戸時代の中期(1712)に編纂された百科事典『和漢三才図会(わかんさんさいずえ)』においては、小麦粉を練って焼いて作る煎餅について書かれている。

なお、1690年の『人倫訓蒙図彙( じんりんきんもうずい)』には、お米でつくるおせんべいを描いた図を見ることができます。うちわで扇ぎながら箸でせんべいを挟んで焼いている風景が印象的です。せんべいを描いた日本最古の図とされる貴重な資料です。

人倫訓蒙図彙のイメージ画像

※参考資料:人倫訓蒙図彙のイメージ画像

このような資料から推測すると、江戸時代の中頃から後期には小麦粉でつくった煎餅とお米でつくった煎餅がすでに共存していたようです。

お米でつくったせんべいは、はじめは塩せんべいと呼ばれていましたが、醤油が使われるようになってからは醤油せんべいと呼ばれるようになり、『草加せんべい』の人気拡大とともに主流になっていったと考えられます。

千利休と幸兵衛

一方、創作とされているお話をひとつ。天正年間(1573~1592)に茶の世界で活躍した千利休に使える幸兵衛という人物が、茶席の際に、小麦粉に砂糖を混ぜて焼いた御菓子を出したところ、人気を博しました。のちに師匠である千利休の一文字をもらい「千幸兵衛」と呼ばれた人物が作ったことから、その御菓子を「千幸平衛(せんこうべえ)」と呼んでいたものが、いつしか「せんべい」と呼ばれるようになったという面白いお話です。



煎餅といえば『草加せんべい』?

煎餅というと関東の方は『草加せんべい』を思い浮かべる人が多いと思いますが、関西では小麦粉を原料に卵と砂糖などを混ぜた生地を鉄板で焼き上げた『瓦せんべい』を思い浮かべる人もいます。瓦せんべいとは、その字の通り、屋根瓦の形に焼き上げたおせんべいです。

また、愛知県の知多半島周辺には、原料の澱粉(でんぷん)に海老などの海産物を混ぜて油で揚げたり、鉄板で焼いたりする『えびせんべい』を作るお店がたくさんあります。この辺りは、新鮮な海産物が多く獲れるということもあり、このあたりの人たちはえびせんべいを思い浮かべる人が多いようです。

職業柄、「おせんべいとは何か?」とよく聞かれるのですが、原料は大きく分けて『お米・小麦粉・澱粉』の三種類があると説明をさせていただいています。一般的な定義では穀物を原料にしたものが煎餅であると言われていますが、今では原料を問わず平たく焼いたものなどを煎餅と呼んだりしています。

東北の南部煎餅、関東の草加せんべい、東海のえびせんべい、関西の小麦煎餅に加え、炭酸せんべい、魚介類を薄く焼き上げた海産物の姿せんべいなど、今では数え切れないほどたくさんの種類があります。それぞれ特産物なども取り入れているので、地域の特徴をとてもよく表している煎餅が多いのです。

煎餅の原型は歴史の書物からみて大陸から伝わってきたのは間違いないと思われますが、それを日本人の好みにあったお菓子に変化させてきたのは言うまでもありません。ひとつの名称で、ここまで豊富な種類があるお菓子はとても貴重で今でも人気があるという証拠でもあります。

草加せんべいの画像

まとめ

今の煎餅の姿に至るまでにはいろいろな変遷を経て変わってきました。原料である素材は小麦粉が先であったと言われていますが、お米も随分と昔から利用されてきた歴史があります。

『煎餅(せんべい)』という言葉は、私にとってはとてもロマンも縁もある不思議な言葉です。

こんなところに、こんなせんべいが?!といった気づきが最近の楽しみです。ぜひ、お好みのせんべいを見つけて楽しいおやつの時間を過ごしていただければ嬉しいばかりです。

最後までご覧いただきありがとうございました。当記事が何かのお役に立てれば幸いです。

※歴史や起源・由来には諸説があります。
※写真やイラストはイメージです。